私が海外に移籍しようと思ったきっかけ(続き)

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God morgen!

こんにちは!網谷です。

前回のブログの続きを書きたいと思います!

前回のブログはこちらです⬇️

私がなぜ海外挑戦しようと思ったか。

2018年6月。

シーズンオフのハードな練習の後に監督から話をされました。

「毎年セルビアで行われているHandball4allという合宿に参加してみないか?」と。

その時は海外への興味関心はもうなかったのですが、GKの指導をしてもらえると聞いたので、是非行かせてくださいと返事をしました。

この合宿に参加することが決まって直ぐにセルビアに飛びました。

現地でのトレーニングは自分にとって初めてのトレーニングばかりで、特にGKトレーニングに関してはアップから実戦に近いトレーニングまで教えてもらいました。

この合宿で感じたことは大きく分けて二つ。

一つ目は自分が思っていたGKの基本と言われている部分がヨーロッパでは違ったこと。同じメニューをしても私だけ少し違う事をしている感覚になったということ。

二つ目は一つ一つの練習メニューの選択肢と約束事が多い。指導方法が日本と大きく違ったということ。

この合宿は考えることが多くて、身体より頭の方がキツかった気がします。

この合宿のGKコーチとして参加していたのはDejan Peric(デヤン ぺリッチ)

現在、RK VardarのGKコーチをしています。

もし良ければ彼のプロフィールを見てみてください⬇️

https://en.wikipedia.org/wiki/Dejan_Perić

私は彼の指導方法にも惹かれました。

毎日練習に行くのが楽しみで、今日は何を教えてもらえるんだろうとワクワクしました。こういう気持ちになったのも初めてだったような。

あっという間に10日間が終わって日本に帰国。

日本に帰ってからは合宿で教えてもらった事を自分の物にしようと練習しました。

そして、もっとGKに特化したトレーニングができないとうまくなれない、今の自分が思っているスタンダードを一回リセットしてトレーニングしていかないと変われないと気づきました。

そう思いながら日々過ごしていたら海外挑戦したい気持ちが強くなっていきました。

”日々、GKに特化したトレーニングが詰める環境に行きたい”

”自分が受けたことのないような速さ、高さから飛んでくる圧倒的なシュートを受けたい”

そこでチームスタッフに相談して、私の意思を伝えました。

その時は海外挑戦を反対されました。

チーム状況や、チーム内の私の立ち位置。自分の意思だけでチームを離れるというのはすごく勝手なことだとわかっていました。それでもチャレンジしたかったし、チャレンジしなかったら一生後悔すると思いシーズン終了間際までチームスタッフと話を進め、退団が決定しました。

そのシーズンはプレーオフ進出が叶わず、3月9日のホーム最終戦が自分にとってソニーのユニホームを着てプレーする最後の試合となりました。

いろんな思いがありましたが、この5年間は自分にとって何一つ無駄なことはなく、自分に必要な経験がたくさんできたと思いました。何不自由なくハンドボールができた環境にも感謝しています。

4月中旬までチームの練習に参加させてもらって鹿児島を出ました。その後は一度岐阜に帰ってからすぐ準備をして、トライアウトを受けにデンマークへ飛びました。

トライアウトに行くことが決まっていたチームは一つ。Ringkøbingというチームでした。

Ringkøbingは2018ー2019シーズンでトップリーガの最下位になり、1st divisionに降格したチームでした。

トップリーガーから降格したこともあり11人が他のチームに移籍することが決まっていて、私にとってはチャンスでした。合否が出るまで2週間ほどチームの練習に参加し、5月末に監督と話をしてRingkøbingで1シーズンプレーすることが決まりました。

チームが決まらなければ引退ということも考えていたので、安心しました。そして、海外で自分がまた日々挑戦できる環境があることに感謝でいっぱいの気持ちでした。一人では何もできなかった、本当にそう思います。

以上が私の海外挑戦をするきっかけから、チームが決まるまでの流れです。

今回も読んでいただきありがとうございました!

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